2/12~おとなおはなし会夜の部~にて朗読
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「いつも風が吹いている」
草原とピアノの曲というのは合わない、というふうに音楽にくわしい知人に言われたが、実際そこで聴いてみるとそんなこともない。
もともとは誰か見知らぬ人からプレゼントされたのだ。何気なく聴いて、動きをとめた。
部屋の中に少々やるせなくて、すきとおっていて、どこか気持ちの奥の方がここちいい旋律が流れている。
ギャニオンの「風の道」----であった。
次の日からこのテープをクルマのカセットデッキに入れて走りながら聴いた。目の前のいつも見ているありふれた光景が、この曲の旋律の中でもっと別のものにかわっていった。憂いのこもった木の色や風のそよぎの中でそれはするどくやさしく光っているようにみえた。
以来、ギャニオンの曲をすべて聴くようになった。
旅に出かけるとき、ギャニオンの曲はかならず私のバッグの中にあった。
天候悪化で飛ばなくなった飛行機を待っているとき、その苛立つ気持ちの午後を、彼の曲は静かにときほぐしてくれた。
テントの夜に、ふらりとやってきた、馬の旅人と一緒に聴いて、その国の酒をくみかわした。
地球のさいはての小さな町で、窓の外の烈風を聴きながら耳もとでこの旋律に心をしずめたこともあった。シンプルなピアノの背後からうねってくる荘重なオーケストラとの重なりあいが、単純に心の奥底を突いた。
どの旋律もひねくれていなくて、素直にわが琴線をとらまえてくる。
とてもいい状態の、地球にマッチする、スケールの大きい、天地と空と光と風の曲だ、と思った。
1994年に「白い馬」というタイトルの映画をモンゴルで撮影していた。
モンゴルへはそれまで三度ほど行っていたが、いつもと同じようにギャニオンの曲を聴きながら旅をした。
だからその映画はギャニオンの曲をつかわせてもらった。このアルバムの中に入っている「夜風に誘われて」である。
完成した映画を見た人から曲の美しさをたびたび言われた。そのたびに素直にうれしかった。自分の感性が間違っていなかったのだな、と思った。
いい曲と友人になると、心のスケールがもうひとつゆたかに拡がるような気がする。
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ー 椎名誠 「ベスト・オブ アンドレ・ギャニオン」より