一日一文 365日

一日一文 168. 宮沢賢治「妹トシ への詩」鑑賞より

ー この森を通りぬければ -

この森を通りぬければ
みちはさっきの水車へもどる
鳥がぎらぎら啼いてゐる
たしか渡りのつぐみ群だ
夜どほし銀河の南のはじが
白く光って爆発したり
蛍があんまり流れたり
おまけに風がひっきりなしに樹をゆするので
鳥は落ちついて睡られず
あんなにひどくさわぐのだろう
けれども
わたくしが一あし林のなかにはひったばかりで
こんなにはげしく
こんなに一そうはげしく
まるでにはか雨のやうになくのは
何といふをかしなやつらだらう
ここは大きなひばの林で
そのまっ黒ないちいちの枝から
あちこち空のきれぎれが
いろいろにふるへたり呼吸したり
云はばあらゆる年代の
光の目録を送ってくる
・・・・鳥があんまりさわぐので  私はぼんやり立ってゐる・・・・
みちはほのじろく向ふへながれ
一つの木立の窪みから
赤く濁った火星がのぼり
鳥は二羽だけいつかこっそりやって来て
何か冴え冴え軋って行った

あゝ風が吹いてあたたかさや銀の分子
あらゆる四面体の感触を送り
蛍が一そう乱れて飛べば
鳥は雨よりしげくなき
わたくしは死んだ妹の声を
林のはてのはてからきく
・・・・それはもうそうではなくても 誰でもおなじことなのだから またあたらしく考え直すこともない・・・・
草のいきれとひのきのにほひ
鳥はまた一そうひどくさわぎだす
どうしてそんなにさわぐのか
田に水を引く人たちが
抜き足をして林のヘリをあるいても
南のそらで星がたびたび流れても
べつにあぶないことはない
しづかに睡ってかまはないのだ

p101~


ABOUT ME
Gaju。 管理人
Gaju。管理人suzukiです。 管理運営担当しております。 愛猫たち(東風Cochiと南風Kaji)のときの過ごし方から 日々学ぶ今日この頃です・・・。