一日一文
「不思議ね。この世は無情で、動けぬ木は、樹皮が剥げれば立ち枯れていく。でも、こうして周りが手を差し伸べてくれて、守られることもある」
オリエは細い声で言った。
「ここに来るたびに、思うの。多くの他者が互いに手を差し伸べあっていることの意味を。弱い者を見放さず、手を差し伸べることが、何を守るのかを」
そして、陽当たりのよい草地に目をやった。
「お日さまの光を独り占めして立つ木は、幸福そうに見えても、周りと繋がりを断たれて、吹きさらしの中で、ひとり生きていかねばならない。本当は寂しいのかもしれないわね」
p229
無数の香りがもつ意味が、アイシャにはわかるのだ。
我が身を喰われた草木は、香りを発して、その虫の天敵を引き寄せる。
草木の香りが虫を誘い、草木によって土も変わる。無数のものたちが行っている、そういう、眩暈がするほど複雑なやりとりが、いまこのときも、この世界では起きているのか。
p348
上橋菜穂子「香君」第三章より
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