心が追いつめられて極まったとき、一杯の熱い白湯を飲む。
お湯を沸かすことを思いつくまでに、飛ぶような速さで流れ去った時間がそこにある。千万人の想いとともに流れ去った時間が。そういう時間が、わたしに残して往ったにちがいないいくつかの皺、数しれぬ白髪。
湯気の向こうに消えてゆく歳月の襞のなかから、なつかしいものたちがあらわれる。
地の中で鳴っているかのような鈴の音が、そういうときに聞こえてくる。
揺れている薄野の光芒のあたり、鈴の音は、渚の長いうねうねとした土手から聞こえていた。夕陽に照らし出された土手は葦や芒で出来ていたので、夕方になれば光の襞になって、いつも静かに大きくゆれ動いていた。目の前の川口のすぐ向こうで、昏れてゆく光芒の中から、そういうふうな鈴の音がときどき聞えた。
ー Ⅲ古の調べ 地の中の鈴 -p93~
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