療養所の人たちが、一足飛びに社会的思考や発言を身につけたということは稀で、隔離の壁の中にあって、外部とのつながりを獲得してゆく、秩序立てて言葉にしてゆく、情熱に言葉というかたちを与えてゆくには、若き日に詩を書き、社会に訴えるという経験の積み重ねがあったとみるべきではないだろうか。
「いのちの芽」に寄せられた、恵楓園の重村一二さんによる次のような詩がある。タイトルからもわかるとおり、未来へ向かって放たれた作品だ。
ー 待望の詩 ー
何時の間にか僕は
人生の片隅を 愛するようになった
ここには 子供も青年も老人もいる
それぞれの心に
燃えている焔は
どんなに とりどりであることか
戦後デモクラシイという雨がふって
さまざまな芽がもたげているが
まだ年輪の木蔭で眠っているものがある
僕らは乞食根性とあなた任せの依存心をすてよう
新しい芽を伸ばしてゆこう
(中略)
僕らは人間性の展望台をつくろう
健康な詩を
悲しい家庭に送らねばならない
(中略)
僕たち
片隅の人は片隅の価値しかないという人たちに抵抗しよう
僕らは待望の日のために
片隅を愛し
人間性の香り高い生活を創ってゆこう
~
いまとなっては、ほとんどの方たちがこの世を去り、対話が叶わないのはなんとも無念である。ひょっとすると、当人たちにも意識されなかった、若き日の詩作品の意味を、せめてここに書き記しておきたいと思う。
ー第七章 待望の詩ー p179~
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