一日一文 365日

一日一文 293. 石垣りん「 雪崩のとき」

ー 雪崩のとき -

人は
その時が来たのだ、という

雪崩のおこるのは
雪崩の季節がきたため と。

武装を捨てた頃の
あの永世の誓いや心の平静
世界の国々の権力や争いをそとにした
つつましい民族の冬ごもりは
色々な不自由があつても
また良いものであつた。

平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなつた日本の国土に
粉雪のように舞い
どつさり降り積つていた。

私は破れた靴下を繕い
編物などしながら時々手を休め
外を眺めたものだ
そして ほつ、とする
ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
世界に覇を競う国に住むより
このほうが私の生きかたに合つている
と考えたりした。

それも過ぎてみれば束の間で
まだととのえた焚木もきれぬまに
人はざわめき出し
その時が来た、という
季節にはさからえないのだ、と。

雪はとうに降りやんでしまつた、
降り積もつた雪の下には
もうちいさく 野心や、いつわりや
欲望の芽がかくされていて
”すべてがそうなつてきたのだから
仕方ない”というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそつて
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と、落ちてくる。

ああ あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がつてくるのが
それが近づいてくるのが

私にはきこえる
私にはきこえる。

(1951.1)


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Gaju。 管理人
Gaju。管理人suzukiです。 管理運営担当しております。 愛猫たち(東風Cochiと南風Kaji)のときの過ごし方から 日々学ぶ今日この頃です・・・。