この岩と私との間には、冷酷な開きがある。この岩からみれば、私と走り去った花びらとはなにほどの差もなく、まことに微細な存在に過ぎないのだ。
瀬の音と鶺鴒の声しか聞こえない渓谷に寝そべってこんなことを考えていると、家のことも、仕事のことも、生も死もはるかに小さくけし粒のようになってしまって、人間の存在の意味が、私の頭の中で、でんぐりかえるような気持ちになってしまう。
泣いてもわめいても、岩肌の前を走り去った一枚の小さな花びらとさして違わない人間の生命が、はかなく哀れに思われる。
安らぎの時も所も持つことのできない自分が、山峡の岩の下に不貞寝して、平手で岩肌を叩くこうしたときが、せめてもの安らぎであろうか。
ー 巨岩と花びら -p7
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