母の声で人垣が割れる気配を感じたときの、救われた感じを忘れない。全身の痺れがみるみる溶け去った。その胸と腕の、無限の仏性をいま思う。
近くのポストに、夕暮れ道を原稿出しに行ったりする。するとふいに、遠いかの日の、泣きじゃくりの衝動がこみあげてきて、自分の手を見たりする。母の手に似て来たから。
文学というものはこの世との異和や汚辱の沼の中から、幻花をつくりだす仕事である。その辛さを、母が黙ってわかってくれていた。
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悲母観音のような死顔の写真を枕辺におき、香をたきながら書いている。
ー 香華 ー p16~
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