ー 芍薬の赤い芽が -
芍薬の赤い芽が のび上がって ひかりを吸いたがり
ぼたんが おおいの炭だわらを破って 青葉をのぞかせる
春は はちきれる力を 生命のことばで表現する
わたしも ともに 歓声をあげる
p160
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ー 窓をあけよ -
自分だけのへやに閉じこもっていた人は
窓をあけたとき
そこから吹いて来る風に きっと
痛みを覚えるだろう
しかし
その驚きは 瞬間に 明るさにかわる
次第に カビくさい因習や
じめじめしけた ひとりよがりの欺瞞が
ぬぐわれてゆき
外の広い世界のだれとでも
友だちになれるのだから
p182
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ー てがみ -
てがみを書こう
ベットで寝ていてもペンは持てるのだ
神さまへ
妻へ 友人へ 野の花へ
空の雲へ
庭の草木へ そよ風へ
へやに留守をしている オモチャの小犬へ
山へ 海へ
医師や 看護婦さんへ
名も知らぬ人へ
小石へ
ペンをもってじっと考えると
忘られていたものがよみがえってくる
とても親しいと思っていた人が意外に遠く
この地球の裏側にいる人々がかえって近く
自分と切りはなせない存在であったと
気づいたりする
こうして 病室に入り
すべての人から遠ざかった位置におかれてみて
人は はじめて ほんとうのてがみを書けるようになる
p186
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ー 死の床に -
近ごろ、自分が死ぬ時、語りかけてもらいたいことばを、よく
考え 文章につづっておけないものかなァ、と思う。
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何も心配することはない
おまえは自分の責任をじゅうぶんはたしたのだ
死んでからさきは神様の仕事なのだ
すべてをまかせるがよい
おまえが懸命に生きたように
そのバトンは大切にうけつがれるのだ
おまえはできるだけのことをやった
神様もできるだけのことをしてくださるのだ
最善から最善にうけつがれるのだ
おまえの願いにまさるものを与えうる
神の力を信ずることはいかに幸せなことだ
p212
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7/27 親しき友人たちと「志樹逸馬詩集」朗読の夜より