文箱 ”言の葉の落とし文”

落とし文「老いという恵み」”さくらいろ”さま

白花曼珠沙華の時紡ぎを聴きながら

 老いという恵み

最寄り駅に降り、両親の家へ向かう小径の途中、優しい香りに包まれた。
見上げると、青い空に見守られて、いのちをうたう金木犀だった。

今夏、父が喜寿を迎えた。
もう後期高齢者だとは言うものの、今の時代にはまだ若いとも言われる年齢。
でも、久しぶりに訪ねると、その度に少しずつ、確実に老いという衣を纏ってゆくを感じる。
僅かにも遠くなってきている耳をこちらに向ける仕種。
父に寄り添う母も、変わらぬ笑顔の口もとに時折声にならない声が戸惑い、温かな吐息となって消えていくようだった。

実家を訪ねると、いつもまず仏壇の前で手を合わせる。
大切な、亡き祖父母たちへの挨拶。
いつも見守ってくれてありがとう…と。

目を閉じて、心の中で言葉を交わす。
そう、交わしているのである。
ずっと変わらず、とても大切なひととき。

私は父方の祖母と同居の家で育った。

「手紙」という歌があり…
この歌を聴くと、祖母の最期の頃が浮かんでくる。

生前の、いくつもの思い出が蘇る。
祖母の手を毎日さすっていたときの感触まで、不思議なほどに思い出されて。

気丈な祖母は、体力を失い殆ど横になってばかりとなった頃もすっかり寝たきりになるようなことはなく、最期も独りでお手洗いに向かおうとしてかなわず倒れたその日から僅か数日で亡くなったのだった。
大好きなお餅が喉につかえないようにと、ゆっくりと味わって元旦を過ごし、翌日新年2日目の朝まだき、いつも起きるはずの時間に目を覚ますことなく、そのまま静かに旅立っていったという。
私が嫁いで実家を離れてから、2度目のお正月のことだった。

自分の思いをあまり語ることなく過ごしていた祖母の胸の内が、「手紙」という歌の中に聞こえてくるような気がする。

亡くなる数年前から随分身体も弱くなっていたが、痛みや辛さを言葉にすることがなかったおばあちゃん。
私の結婚が決まったとき、「おめでとう。喜ばなくちゃね」と寂しそうに笑ったおばあちゃん。

幼少期からの習慣だったという「我慢」は、いつも祖母を気丈にしていた。

社会人になって割合早くに結婚退職した私だが、勤めている間は通勤ラッシュを避けるために、毎朝かなり早く出勤していた。

私がどんなに早起きしても、必ずもっと早くから目を覚ましていたおばあちゃん。
毎朝出掛ける前に祖母の部屋に寄り、暫くおしゃべりをするのが日課のようになっていた。
ベッドに横たわるおばあちゃんの手を握り、さすり、「あのね、昨日こんなことがあったんだよ」「今日はこんな予定があるのよ」と、他愛ない話をする私に、嬉しそうに「あぁそうなの」「ふ~ん、そうなの」とニコニコ相づちを打ってくれていた。
「じゃぁ 行ってくるね!」
「いってらっしゃい。気を付けてね」

あの頃の毎日、私と祖母は共に支え合っていたような気がする。
特別話題にしないことにも、お互いに何かを感じ、慰め合っていたような…。

私が嫁いでから、おばあちゃんは毎朝のその時間をどのような思いで過ごしていたのだろう。

今でもとりわけ大切にしている思い出がひとつある。

それは、私が結婚して数ヶ月経った頃に母から、仕事で一週間程留守になるため祖母のお世話を手伝いに来てほしいと連絡があり、主人の了解を得て実家に帰り、数日間過ごしたときのこと。

当時母は1~2日おきくらいに祖母の入浴を手伝っていたようで、母の指示通りにおばあちゃんのお風呂タイムの手伝いもした。

浴槽に入る体力はもうなくなっており、あったかいお湯を何度もゆっくり身体にかけてあげながら、昔のように色々おしゃべりして笑った。
そうしたら、おばあちゃんの背中が震え始めて・・ 慌てて「寒い?どうしたの?」と聞いた私に、何度も何度も「ありがとう ありがとう」を繰り返し、「こんなに気持ちいいお風呂は初めてだ」と言って泣き出した。
きっと祖母はいつも、お嫁さんである母に気兼ねして素直に甘えられなかったのだと思う。
それが痛いほど伝わってきた。

数日が過ぎて、母が帰ってくるからと私も自分の新居に戻ることにした日の朝、早起きして以前のように祖母の部屋で手をさすりながら話をした。
その時もずっと泣いていたおばあちゃん。

「じゃぁ おばあちゃん、また来るからね!」と言ったら、祖母は自分の枕の下に忍ばせていた小さな袋を出して 私に「持って行って」と言う。
「なあに?」と言って開けてみたら、几帳面に折られたお札が数枚入っていた。
「たくさん助けてくれて本当にありがとう」とまた泣いている。
「おばあちゃん、こんなことしなくていいのよ。私も楽しかったんだから」とその袋を返そうとしても、「お願いだから、私の気持ちだから、持って行って」と繰り返していた。
「あなたが使わないなら、これから生まれてくる子のために使ってね」とまで言って。

そう、祖母のあの言葉、その気持ち、本当にとっても有り難かった。
あのとき私のお腹にいた小さな我が子にもきっと伝わっていたはず…。
おばあちゃんの消え入るような声に込められていた深い愛が。

…おばあちゃんのお手伝いができて、私は本当に幸せだった。

あの時から四半世紀経った今でも、こんなに鮮明に蘇る。

今、主人の母のそばに住んでいるけれど、義母が元気でいてくれることに甘えてるなぁ、私。
お義母さんと、もっともっとお話ししよう…。
そして我が子たちにも、おばあちゃんとの優しい時間を過ごしてほしい。

そんなふうに思って見上げたら…
亡くなった祖母が、「今からでも大丈夫だよ」と伝えてくれてるような空の色だった。

おばあちゃん、ありがとう。

私にたくさんのこと、教えてくれてたね。
今も変わらずに教えてくれてありがとう。

晩年の祖母にどこか少し似てきた実家の両親にも、どうかこれからも平穏で優しい毎日が続いていきますように…。

また会いにいくね、お父さんお母さん。

「手紙」の歌と 蘇る思い出に 感謝。

老いという時が訪れてくること。
これはきっと恵みなのだと思った。

いのちは、様々なかたちで大切なことを伝えてくれる。

帰り途の金木犀は、穏やかな夕風の中でそっと微笑んでいた。

 

さくらいろ

photo:kazesan


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Gaju。管理人suzukiです。 管理運営担当しております。 愛猫たち(東風Cochiと南風Kaji)のときの過ごし方から 日々学ぶ今日この頃です・・・。