文箱 ”言の葉の落とし文”

落とし文「夕焼けの思い出」”さくらいろ”さま

 
 
 
  夕焼けの思い出

気がついたら 夏至を通り過ぎていた。

夏至にキャンドルナイト・・ 
そういう試みがあったことをふと思い出す。
電気を消して、キャンドルの灯火。
考えるだけで 心ほんのり。

時にはひとり、キャンドルナイトしてみたい。

随分前に参加した場で、“グレイテスト・ビューティーを感じた瞬間”を分かち合うという試みがあった。
それまでの人生で何らかの大いなる美を感じた経験について各自思い出し、グループ毎に皆の前でそれを順に語り、セレモニーを通して感動や喜びを分かち合う、というものだった。

きっと誰もが、生きてきた中でグレイテスト・ビューティーな瞬間に出会う経験を持っている。

照明が消された静かな空間で、優しく灯るキャンドルと美しい陶の花器に揺れるマーガレットを皆で車座に囲み、それぞれのストーリーに心を傾けるひととき。
ひとつひとつの物語に浮かぶ喜びの瞬間が、手渡された灯火のようにその場に広がり、静かに溶け合っていたのを思い出す。

自然が魅せてくれる神秘的な情景。
大切な人が伝えてくれた心震える言葉。
・・・いくつものグレイテストな喜びが、それぞれの物語を優しく照らし返していた。

そのときに私が思い浮かべて語ったのは、初めて我が子をお腹に授かったときのことだった。

驚き、インスピレーション、喜び。
そんなキーワードがどれもそのままに体験できたような、心に残る思い出。

・・と言いつつ、実は我が子を授かった当初、若くて、未熟さと無知でいっぱいだった。
抜け出せない体調不良を理由に近所の病院を訪ね、気づいた妊娠。
自然と言えばまさにその通りなのに、喜びよりも驚きが先に立ち、そのために非常に戸惑ってしまった。
自分は何をどうしたらいいのか・・、不安が頭の中を占領してしまったのである。

じっとしていられず、出産についての本を探しに毎日近所の書店通い。
何度も何度もお店の書棚を見上げ、怖々手に取り、震える指でページを繰った。
何冊か購入して読んだけれど、知識を得るということは、少しも私に安心を与えてくれず、何故か益々不安が募る。
きっと、余計にあれこれ考えてしまったのだと思う。
当時は近所に知り合いもなく、夫が仕事で留守の日中、ひとり悶々とするばかり。

偶々実家から持ってきていた手作りのお人形がちょうど新生児サイズであることを思い出し、それを手に取って「ねぇ・・、どうやって生まれてくるの?」なんて話しかけていたのだから 少々異常事態。
本当にそわそわと心配ばかりしていた。

そんな不安ドップリの中に訪れた、ある日の夕刻。

まるで胸の内に呼応するかのような暗雲がたち込め、突然展開し始めた物凄い夕立。
激しい降雨と雷鳴を目の前にして、ひとりぽつんと窓辺に立ち尽くしていた。

圧倒されながら、そこに少しずつ、自然と自分の声を聴き始める・・。

怖くて、震えている心に、雨も風も雷鳴も共鳴してくれているように思えた。
そうして雷雨と共に大地に思いを訴えたら、ほんとうに涙がどっと溢れてきた。
そして、そんなふうに泣いたら…初めてほんとうにホッとできた。

夏の夕立。
ひとしきりの雨を率いて、空の雲たちは足早に走り去ってゆく。

そして、忽ち現れた美しい茜色の夕焼け。
まさに、グレイテスト・ビューティーの瞬間だった。

潤された草木も微笑み、西の空を見上げている。
鳥たちがシルエットの姿で飛んでいく。
通りのアスファルトが行灯のように緩やかに赤らみ…
池のようになった水溜りには、いつの間にかもう幼い子供たちが遊んでいた。

暮れていく空の色が、その風景を丸ごと包み込んで、優しくそっと抱きしめている。

・・いつしか窓に手をかけ、見とれて微笑む自分がいた。

そのような、夕立から夕焼けへのドラマティックな舞台を見る日が、何故か数日立てつづけに訪れて・・
その自然の文様は、力強く、言葉以上の語りかけとなって心に注がれてきた。

気づいてみたら、不安な気持ちは遠のき、夕空のように穏やかな温もりに満たされている。

子どもが生まれてくるということ。
いのちを授かったということ。
身の内に育まれている生命があるということ。

どれもが自然で そのままに有難く、泣きたくなるほど幸せに感じられ・・
出産の日を迎えるまでにすべきことは、ただただ感謝して穏やかに過ごすこと。
それだけで十分だと思えた。

あとは自然にお任せ。
すべて委ねていいと思えるようになった。

自然って 本当にすごい。

それからの日々、訪れる時間がとても平穏で楽しくなる。

来る日も来る日も、色々なシーンを見せてくれる西向きの窓に釘付け。
緩やかにも壮大な光景が、折々のスクリーンを彩ってゆく。

何も案じることなし。
信頼して大丈夫。

グレイテスト・ビューティーの思い出が、今も鮮明に蘇る。

自然の語りかけは、時に深くて、ほんとうに優しい。

今年の夏も、きっとひとときの空が、誰かの心に優しく微笑むのだろう…*

 

 
photo kazesan


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Gaju。管理人suzukiです。 管理運営担当しております。 愛猫たち(東風Cochiと南風Kaji)のときの過ごし方から 日々学ぶ今日この頃です・・・。