一日一文
坐禅をしていても、いろいろな思いが浮かんでくるのはしかたのないことです。それを「考えてはいけない」と追い払おうとするから、とらわれてしまう、縛られてしまうのです。
私はいつもこんなたとえをします。
鏡のように静かな水面に小石をひとつ投げ込むと、当然、波紋ができます。その波紋を止めようとして水に手を入れたら、また、新たに別の波紋が生まれますね。
しかし、何もせずに放っておけば、波紋はしだいにかすかなものになって、やがては消えてしまいます。静かな水面が戻ってくる。
枡野俊明
雑念は雑念のまま、受け流すp28
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